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アイネクライネアイキャッチ
2008年にボカロP「ハチ」として活動開始、2009年にヒットソングを連発しその名を馳せ、いよいよ2012年にメジャーデビューしたアーティスト・米津玄師さん。
いまや10代若者を中心に大人気の彼ですが、そんな彼の代表曲、東京メトロCMソング「アイネクライネ」の魅力を力説したいと思います。

米津玄師さんについて

米津玄師さんは1991年生まれ、徳島県出身のシンガーソングライターで、 “ハチ”という名義でニコニコ動画のボーカロイド楽曲を発表していた方……なのですが、他、米津玄師さんの紹介についてはこちらの記事が詳しいですのでご覧ください。

いまや中高生を中心に絶大な人気を誇る彼ですが、今回はプロフィールを踏まえた上で、彼の楽曲「アイネクライネ」について音楽的な観点で深く考察してみようと思います。(余談ですがまこみなのまこさんも米津玄師さんの「アイネクライネ」が大好きだそうです)

ぜひ「アイネクライネ」を実際に聴きながら読んでいただくことをおすすめします。

楽曲「アイネクライネ」について

「アイネクライネ」とは、2014年4月23日にリリースされた米津玄師さんのセカンドアルバム「YANKEE」の4曲目に収録されている曲です。東京メトロのキャンペーンでCMソングとして起用されました。

音楽番組専門チャンネルであるSPACE SHOWER TVにて、4月の POWER PUSHに選ばれ、米国アカデミー賞公認かつアジア最大級の国際短編映画祭であるショートショートフィルムフェスティバル&アジア2014のミュージックShort部門 シネマチックアワードにもノミネートされたそうです。

もちろん元々のフィールドであったニコニコ動画でも大人気で、MVは280万回以上の再生数を誇っています。youtube再生回数は1,200万回以上という人気曲。

米津玄師(ハチ)さんのこれまでの楽曲と「アイネクライネ」は何が違うのかという説明に入る前に、まずはこの曲のタイトルと歌詞と楽曲構成の特徴についておさらいしていきます。

「ある小さな」という意味の楽曲タイトル

米津玄師さんがここからとったかは不明ですが「アイネクライネ」ときくと、「ナハトムジーク」が連想されます。

アイネクライネナハトムジーク」は作曲家モーツァルトが1787年に作った超有名クラシック曲。タイトルは日本語で小夜曲(さよきょく)と訳されるように、“ちいさな夜の音楽”という意味です。ドイツ語です。

「アイネ」は英語でいうところの不定冠詞「a」、「クライネ」は“小さな”、「ナハト」が“夜”、「ムジーク」が“音楽”という意味。

米津玄師さんのこの曲の意味は「ある小さな」くらいの意味になるのでしょうか。

余談ですが、さるお笑いタレントがお子さんに「アイネクライネナハトムジーク」から「あいね」ちゃんと名付けられたと聞いた時、そのドイツ語は英語でいうところの「a」「an」なのになあと思った覚えがあります。とはいえドイツ語で考えなければいいだけで、響きも漢字での表記も素敵なお名前ですから、何も問題はないのですけど。

「あたし」という女性視点が印象的な歌詞

“石ころになりたい”

アイネクライネ」より引用

いきなり恐ろしく自分の価値を低く見積もっている様子の歌い出しが印象的です。

“今痛いくらい幸せな思い出が
いつか来るお別れを育てて歩く“

アイネクライネ」より引用

物凄く悲観的でもあります。

いつか来るお別れを育てて歩く
いつか来るお別れを育てて歩く

そんな独白をしてしまう薄暗い主人公が、“あなた”に、“名前”を呼ばれ、呼ぶことを乞う気分になれるという歌詞の曲です。一人称が「あたし」で女性目線であることも特徴かもしれません。

この「あたし」についてですが、ほとんどの人は一人称を無自覚に使いますが、個人としての自分自身を指す言葉は、実はそうありません。

「俺」は“大きい・愚か”という意味がありますし、「僕」は“しもべ”、方言の「うち」は“内”など、多くの“相手からみての価値や役割、意味”で自分を指すのに対して、「私(あたし)」という語は自分自身に対しても自分自身を指す、日常語の中では珍しい一人称です。

「公」の対義語ですから、つまり「あたし」というのは“相手に対して”ではなく“社会・みんなに対して”の自分を指している言葉です。米津玄師さんは「あたし」という一人称で歌うのがお好きなようです。

美しい感動を演出する楽曲構成

非常にドラマチックな構成が印象的です。

Aメロは静かで割りと暗く、歌われる歌詞も上記のように絶望的に暗いもの。

ところが、Bメロでは遠慮がちに逡巡しながら上下するメロディで自己否定を歌うのに対して、ベースラインはミ♭、ファ、ソ♭、ラ♭とちょっとずつ、希望めいたせりあがる上昇を繰り返します。(和音の種類としても、「やや不安定」と「不安定」の行き来を繰り返してなかなか着地しません)

とくに最初のBメロ終わり「どうして どうして」の後、せりあがる気持ちが爆発したように掻き鳴らされるギターを経てサビで「あなた」を通じての自己肯定が歌われるのです。

音と言葉の関係性が非常に美しいです。

崩れ落ちる主人公の女性
崩れ落ちる主人公の女性

その後の間奏ではBメロと同じ上昇するベースラインの上で、その気分を受け入れるように、何かが腑に落ちるように、二本のギターがハモりながら下降。

その後のCメロはさらに同じベースラインの上で、Bメロとはうってかわって一緒に上昇するメロディが歌われ、サビ前の“爆発”はかみしめるように数小節に渡って演奏されます。

そして迎える最後のサビ

これまでの起伏もあって、単にカラオケ的に盛り上がるためのものではなく、必然的に感動を呼ぶものになっているのではないでしょうか。

「アイネクライネ」は米津玄師の過渡期の象徴?

筆者が思うに、この「アイネクライネ」は米津玄師さんのアーティストとしての過渡期的な楽曲なのではないでしょうか。その理由を、歌詞、MV、メロディの3つの視点から考えてみましょう。

①歌詞がこれまでより希望のあるイメージに変化

オリコンチャートに代表される“メジャー”な楽曲に対して、ニコニコで人気になるようなボカロのヒット曲は“孤独”、“絶望”や“死”、“社会批判”など扱うテーマが暗いというイメージがあります。

ヒットチャートはAKB系、ジャニーズ系、エグザイル系と活発なイメージのアーティストであらかた埋まっている状況で、暗いテーマの需要がニコニコ動画に見いだされたのでしょう。

ボカロ楽曲のムーブメントを先導する旗手であった米津玄師さんも、そんな暗い曲で人気を博していた一人だったと思います。彼の過去の代表曲から歌詞を抽出してみましょう。

“さあ何処にも行けないな”

パンダヒーロー」より引用

“そんな話は聞きたくない”

clock lock works」より引用



それが「アイネクライネ」では名前を呼び合うようになりました。ところどころ米津玄師さんらしい嘘みたいに暗い表現はあるものの、サビで希望に転化されていきます。

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お笑いと音楽と漫画と昔話と映画と妖怪が好き。 目と耳が悪い。遠くの人や小声の人が苦手。