2014年キングオブコント王者シソンヌのコントに見る「人間の業」

もうすぐ楽しみで仕方がないキングオブコントが放送されます。審査システムが変わったり、大幅にリニューアルするとのことで今年もわくわくしています。新たな王者の誕生を見届ける前に、前年王者シソンヌのコントを振り返ってみたいです。

落語家、故五代目(七代目)立川談志師匠は落語を「人間の業を肯定する」ものだといっていました。

至言でしょう。とはいえ、落語に限らず、お笑いというものには全てにおいて「業」を肯定する働きがあるのではないでしょうか? 少なくとも、何かしらの「業」を描写してしまうものだと思います。

2014年キングオブコント王者シソンヌのコント「タクシー」「ラーメン屋」では、この「業」の点において特別だったのではないでしょうか。

シソンヌについて

長谷川忍 1978年8月6日生まれ静岡県出身
じろう 1978年7月14日生まれ青森県出身
吉本興業HPより

東京NSC11期卒業。演劇的なコントを持ち味とし、第34・35回ABCお笑い新人グランプリで決勝進出もしています。

コント「タクシー」

何かの主役気取りの二人

何かの主役気取りの二人

『タクシーに、女性が乗車する。男に振られたと思しき女性。それを同情した運転手が男を忘れようと女性のいうなりに暴走運転をする。』というストーリーのコント。誰もとくにボケず、ツッコミもありません。凄いコントです。

主役気取りという業

このコントでは、登場人物二人はずーっとスベっていますずーっと寒い。そこにこのコントの核があるように思われます。なぜスベっているか? それは、二人が「冴えない」くせに「何かしらの主役を気取っている」からではないでしょうか。
「スベる」と「寒い」の原理に関する私見を述べます。

「スベる」・「寒い」とは何か

お笑い用語に「スベる」であるとか「寒い」という言葉があります。「つまらないことを言ったため、場が白ける」というような意味で理解されていることと思います。
意味としてはもちろんその通りでしょうが、次のようにも考えられないでしょうか。

「役割・分(ぶん)の範囲から、自意識がハミだしている」

”寒い”とは……?

”寒い”とは……?

役割の範囲と自意識

「役割の範囲」とは、ざっくり残酷にいうと、ある人間集団における“ランク”とか“地位”に比例するものと考えていただいて構いません。範囲の大小を決する要素は数多く、それぞれ複雑に作用しますが、「偉丈夫は高い」「キョドってる人は低い」「社会的地位にやや比例する」「威圧感があると高い」などのことがいえるでしょうか。

一方、ここでいう自意識とは「ウケたい」「褒められたい」「良く思われたい」という気持ち。だいたいこれらは高い自己評価のせいで生まれます。ウケようとしていない人物は決してスベりません。俗にいう天然キャラも、ウケないことはあっても、スベって「寒さ」を感じさせる事態にはなりにくいでしょう。

「役割の範囲」が小さい人物が「ウケようと」何かをするとスベりやすいと思われます。「ウケようと思っていること」をバラさず、全くの天然や馬鹿であるフリをしなければなりません。
「役割の範囲」が大きい人物は、ウケようとしてもスベりにくいと思われます。「自然と興味を持たれている」「耳目を集めている」「ランクが高い」ため、多くを許されている。したがって、スベりにくくなっています。
あなたが誰かを「寒い」と感じているとき、もしかしたらあなたは、その人の「役割の範囲」を狭く見積もっている……可能性があるかもしれません、たぶん。

念の為補足をすれば、「役割の範囲」はその人物を評価する主観で決定されるため、ある人間集団では範囲が広い人物が、別の集団にとっては狭いケースもあるでしょう。
また、「自意識のハミ出し」が問題にならないくらい「面白い」ことによって、「寒さ」を感じさせないことは当然、多々あります。けど、役割の範囲が狭い人が大きくウケる場合はたいてい、「想像以上に役割を引き受けている」ことが原因のように思われます。

”スベる”とは……?

”スベる”とは……?

余談

余談ですが、関連して、女性芸人の「役割の範囲」は、外見的美しさに比例しているのではないか、というさらに酷薄な仮説が立てられるでしょう。
これによって、「センス」で勝負できる女性芸人とそうではない女性芸人が峻別されてしまう……のかも知れません。
「センス」という、必然的にどうしても「役割」からはみ出すモノを、不美人な芸人さんは思うように発揮することができないのかもしれません。
自虐ネタであったり、「いじり」の被害者として笑いを取る事が多くなるかもしれません。
「被差別者としての自覚」を前提にした発言しか、正当性を感じてもらえないかもしれません。
「役割・分(ぶん)」にゆるされた「範囲」が狭いのかもしれません。
無論、活躍されている芸人さんはこういった発言の中でも「センス」的にすぐれた活躍をされていますが、それを発揮する範囲が狭いのかもしれません。
……という仮説です。自分で立てておきながら、全く不快な仮説ではありますが。

職業は違いますが、ヒットした女性シンガーソングライターやセンシティブな女流小説家に美しい人物が多いのも、部分的にはこの理由による可能性があるのかも知れません。
性別の話は難しいのですが、それだけに慎重に真摯に向き合いたいところです……余談となりましたが。

歌手の方の場合は人前に出るお仕事というだけかも知れませんね

歌手の方の場合は人前に出るお仕事というだけかも知れませんけど

<次のページ:シソンヌの凄さはコントで描かれる「人間の業」の深さ>

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