主人公のヴィクター少年。内向的で、愛犬だけが友達
ティム・バートンといえば、『シザー・ハンズ』や『アリス・イン・ワンダーランド』など数々の名作を世に送り出した稀代の天才監督。けれど、ティム・バートンの作品はだいたい、どこかがちょっとどうかしているから面白い、というのが私見。中でも最高に「どうかしている」と思わされた大好きな作品がこの『フランケンウィニー』。ティム・バートン監督の魅力を、この作品の説明を通じて紹介したい。

『フランケンウィニー』のあらすじ

『フランケンウィニー』
1984年に制作され、2013年にリメイク。動物をモチーフにしたハートフルなストップモーションを用いたアニメーション映画。

主人公の少年ヴィクターは友達がおらず、愛犬スパーキーとばかり遊んでいるような子供で、親もちょっと心配している。
そんなヴィクターがある日、愛犬のスパーキーを事故で亡くしてしまう。ヴィクターは悲しみにくれるが、理科の授業で、カエルの死体が通電されて動くのを見て、墓地からスパーキーを掘り返し、嵐の落雷によって通電。

愛犬スパーキーは見事に生き返るが、このことが騒動を町に巻き起こす……

どうかしているポイント① 「大人のいうことをきいてはいけない?」

主人公の愛犬スパーキー。動きがリアルで非常に可愛らしい。
主人公の愛犬スパーキー。動きがリアルで非常に可愛らしい。

だいたいの映画の発端には誰かの<誤り>があるものだ。私たちがある物語から教訓やメッセージを受け取る場合、その<誤り>から、という場合はとても多い。
例えば『トイストーリー』ならバズへの嫉妬が<きっかけになる誤り>で、「認め合うこと」を教訓として読みとることが出来るだろう。『兎と亀』なら兎の傲慢が<きっかけになる誤り>で、教訓は「才能におぼれて怠けてはならない」あたりだろうか。
『フランケンウィニー』の<きっかけになる誤り>を見てみよう。この作品において話が動き出すきっかけは無論、主人公の愛犬スパーキーの死ということになるが、その原因は「主人公の父が、主人公に無理に野球をやらせたこと」である。

映画館で見ていて、「どうかしている」と思わずにはいられなかった。別に、そこは、「愛犬スパーキーを愛するあまり親の言いつけを守らなかった」とか、「うっかり友達に心ない行為をしてしまった」とかでもストーリーは作れたんじゃないだろうか?

愛犬の死という悲劇が起こるにあたって、誰も何も悪いことをしていない。無理矢理読みとれば、「大人の言うことを聞いてはならない」とでも言いたげである。

しかも主人公は、優秀なピッチャーであるトシアキ君から特大ホームランを打つ。「別にスポーツみたいなもん、誰でも出来るんじゃい!」と言わんばかりだ。

クラスメイトのナソル(左)とトシアキ(右)。トシアキは日本語を喋る場面がある。
クラスメイトのナソル(左)とトシアキ(右)。トシアキは日本語を喋る場面がある。

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お笑いと音楽と漫画と昔話と映画と妖怪が好き。 目と耳が悪い。遠くの人や小声の人が苦手。