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先日、お医者さんと話をする機会がありました。
著者が具合が悪くなって病院に行ったわけではありません。縁あって、酒場で数時間ばかり、一緒になりました。

3つの歴史に残る事件の現場とは

50歳を超えているそのお医者さんは、御巣鷹山の日航ジャンボ機墜落事故の直後に、救助要員として現場に入ったそうです。
阪神淡路大震災のときも、直後に現地に入ったそうです。
3.11の東北地方太平洋沖地震のときも、直後に現場に入ったそうです。

どの現場にもトイレなどあろうはずもなく、おむつをつけて現地入りしたんだそうです。まあそうですよね。世の中にお医者さんはたくさんいますが、3つの歴史に残る事件の現場に、直後に入った経験のある医者は少ないでしょう。

そこで目にしたものとは?

現場で医者が目にしたもの。それは、当たり前のことですが、ちょっとここに書くのがはばかられるような光景だったそうです。

御巣鷹山のときや、阪神淡路のときは、火災によって亡くなるひとが多かったので、ひとが焼けるにおいとともに、そういう光景を今でも覚えていると言います。もちろん、綺麗に横たわって亡くなってゆくひとばかりではないので、ありきたりな言い方をすれば地獄絵みたいな風景が彼の記憶に残っている。

3.11のときは、津波でしたから、ひとが水を大量に飲んで亡くなっている光景がどこまでも広がっているし、上を見上げたら頭上にひとがいた……なんてことがよくあったそうです。

テレビが報道しなくなったこと

最近のテレビは、悲惨な光景をできるだけ放送しないようになっています。

9.11の同時多発テロの光景……飛行機がビルに突っ込む瞬間のあの映像だって、最近では視聴者の心理を考慮してか、ほぼ放送されません。
先日(2015/8/5)の「クローズアップ現代」(NHK)では、戦争の語り部が「事実を事実として語らせてくれない現実」を特集していたくらいです。
つまり、戦争を題材としたマンガ「はだしのゲン」を貸し出す図書館が減っているというのと、似たようなことが、今、世の中のそこかしこで行われている。

本当に現場で起こっていた生々しいことが「コトの裏側」扱いになって、茶の間でお菓子を食べながら気軽に見ることができる映像だけが、あたかも「表側にある真実」みたいになってしまっている

本当に大切なこと

お医者さんは言います。
とてもとても哀しい現実だけれど、やがて人々は、3.11のことも、阪神淡路の大震災のことも忘れてゆくだろうと。唯一、忘れることを防止しようと思えば、悲惨な映像を少しくらいは放送する必要があるのではないかと。

これは被災者の心情を考えるまでもなく、非常にデリケートな問題だろうと思います。
あんな映像、金輪際見たくない。そう言うひとがいて、当たり前でしょう。
とくに当事者はそう言うでしょう。

でも、とくに第三者は、ときに心に突き刺さるような映像を見ないと、どんどん記憶が薄れてゆくということもある。オブラートに包まれたような、無味無臭の映像だけを繰り返し放送されても「ああ、ああいうひどい状況があったなあ」と思うだけ。

コトの本質を忘れないでおこうと思えば

誰だって、時代の流れには抗えないもので、これからも、「さほどきつくない」映像しか、テレビはオンエアしないでしょう。
だから私たちは、動画配信サイトなどで、「ホントの映像」を、ときどきは見る必要がある。

もちろん、見たくないひとは、見なくてもいいと思いますが、震災に限らず、戦争だってなんだって、それこそ「綺麗事で済む話じゃない」わけですから、コトの本質を忘れないでおこうと思えば、精神的にしんどくても、おりに触れて見る必要があるように思います。

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ひとみしょう
作詞家・コピーライター・広告プランナーを経て、専業文筆家に。小学館 『Menjoy!』 での連載を経て、『ANGIE』初代編集長に就任(14年7月まで)。コラムの受賞歴多数。現在、連載9本を抱える。