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団塊の世代が引退する前は、引退するぞ~年金が足らなくなるぞ~とさかんにメディアが報じていましたが、引退して何年も経つと、さっぱり報道されなくなりました。
団塊の世代のひとたちは、今、なにをしているのでしょうか?

毎日、自宅の「塀(へい)」をたわしで磨いている

超有名企業に30年以上勤務していたある団塊の世代の男性は、毎日、自宅の塀をたわしで磨いているそうです。
やることがない……家にいても奥さんに邪魔そうに扱われる……狭い庭の草木の手入れをしても、毎日雑草が1メートルも2メートルも生えてくるわけではない……。
しかたない。たわしで家の塀でも磨くか……ということのようです。

ケータイが壊れたのかと思って・・・

ある団塊の世代のひとは、仕事を辞めてしまえば、それまで友だちだと思っていたひとは「ただの商売上のつながり」でしかなかったと思い知ったと言います。
携帯電話が鳴らない。
3日も4日もケータイが鳴らないので、壊れたのかと思って、ケータイショップに行ったとのこと(ネタではなく実話です)。

孤独とは・・・

極端な例を言うと、商売がダメになったとき、まわりからひとがす~っと去っていき、誰もいなくなった、という話があります。
破産(寸前の状況)を経て成功した経営者などが、こういうことを言っています。Webでこの手の記事を読んだことのあるひとも多いでしょう。
サラリーマンやOLも似たようなものだとも言えます。
仕事を辞めてしまえば誰も残らない。
だから若いうちから、仕事以外のどこかに、もうひとつの軸足を置くことを計算に入れつつ暮らしたほうがいいのでしょうし、職人的になにかを極める仕事を死ぬまで続ける覚悟ができそうなかたは、そうしたほうがいいのでしょう。
毎日たわしで塀を磨いて、塀が薄くなるのを眺めながら死期を待つのは、おそらく、現役でしたくない仕事をしているときより、相当しんどいことなのです。
かっこよく言えば(?)、孤独について若いうちから考えておくべきだろうということです。

孤独についてどう考えればいいのかわからないというかたは、以下の動画を参考になさってみてはいかがでしょうか。

孤独であることや淋しさを抱えていることが「恥ずかしいこと」ではなく、それらを見て見ぬふりをすることが恥ずべきことであり、じぶんにウソをついているもっとも哀しい行為だということです。