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ぶつかる価値観について
今年もキングオブコントが始まります。その前に、2013年の王者に輝いたかもめんたるのコントを振り返ってみましょう。
個人的に、かもめんたるのコントの面白いところは「価値観のぶつかりあい」だと感じています。この点について感想を述べたいと思います。

かもめんたるについて

岩崎う大 1978年9月18日生まれ。東京都出身。血液型はAB型。
槙尾ユースケ 1980年12月5日生まれ 広島県出身。血液型はB型。

サンミュージックHPより引用

2007年に結成されましたが、それ以前からWAGEなどでともに活動してきたお二人です。ちなみにWAGEには小島よしおさんも所属していました。

二度の決勝進出

2013年に優勝したかもめんたるですが、その前年にも決勝進出を果たしています。

ちなみに2012年には「なんて日だ!」で有名なバイきんぐが優勝したのはこちらの記事で書いた通りです。

そこで行われた「作文」のコントと、優勝した「路上詩人」「斉藤の家来」における価値観の扱い方の違いが最も印象的でした。

どのように違ったのでしょうか。

価値観の衝突

“物語”はたいてい、「事件の発生と解決」を含みますが、同時に「価値観のぶつかり合い」があるものです。

特撮ドラマ「仮面ライダー」“怪人が現れる”という事件が解決し、“正義”という価値観も勝利するハッピーエンドの物語です。「正義」と「悪」という価値観が事件を通してぶつかりあい、最終的には「正義」が勝ちます。

正義は勝つ!
正義は勝つ!

多くの物語は事件と価値観の両方で勝利して解決するものですが、例外もたくさんあります。

戯曲「ロミオとジュリエット」“反目する両家の子供の恋愛”という事件で主人公は敗北するものの、“愛VS家柄“という価値観の点で勝利していると読めるでしょう。ロミオとジュリエットは愛のために家柄を放棄しようとしました。

こういった“価値観のぶつかり合い”の点から、2012年のコントと2013年のコントを較べてみたいと思います。

「作文」

2012年に披露された「作文」コントはこんな風にはじまります。『小学三年生のユウスケ(槙尾)が教師(岩崎)に、「作り話だ」「子供にしては無邪気すぎる」「母親の協力している」と作文の捏造を断定される。追いつめられたユウスケはこのまま捏造だと決めつけられてしまうのか。』

小学生は“子供は子供らしい”を価値観に持ち、対して教師は“子供の子供らしさを信じない”リアリストとして描かれます。子供がツッコミであり、視聴者もそれに共感しながら、教師をボケとして楽しむのですが……、終盤。

追いつめられた小学生が捏造を認め、さらにその作文は、「好きだった前の母親との話」だったことを明かすのです。結果、教師はあまりの現実に記憶を失い、作文を「よくかけてるぞー」と受理。「捏造を疑われる」という事件は解決を見ます。

が、我々視聴者が共感していた“子供は子供らしい”という価値観は完敗

視聴者の期待に応えて勝利するはずだった“子供は子供らしい”という価値観は、ぶつかりあった結果、視聴者をほったらかして反転し、“子供らしさなどない”という反対の価値観に飲みこまれてしまいました。

筆者はスリリングな展開におののきながらも、斬新な展開に爆笑させてもらったことをお覚えています。

小学生は子供らしいもの?
小学生は子供らしいもの?

価値観が逆転して元の価値観が飲み込むという作りのお笑いは珍しく、個人的には、アルドルフという若手コンビの漫才で見たことがある程度でしょうか。「女子大生と付き合いたい」という内容に始まるのですが、やがてツッコミの価値観が反転し、元の価値観を圧倒する構造になっています。しかも漫才でです。面白い漫才であると同時に、独自性を追及する姿勢を感じました。

では続いて2013年キングオブコントでのかもめんたるを見てみましょう。

「路上詩人」

『路上で詩を売る若者(槙尾)。そこへ詩を買おうとする女性(岩崎)が現れる。

詩を読みもせず全部買おうとする女性に対し若者は反発するが……』

「斉藤の家来」

『サラリーマン(槙尾)の職場に、同僚の斉藤を訪ねて不審な男(岩崎)がやってくる。

男は“斉藤の家来”であることを自称し、会話とともに、男と斉藤との奇妙な関係性が明らかになっていく』

「あいつに家来なんているの?」
「あいつに家来なんているの?」

「路上詩人」では、「事件」は一見、詩が売れるか売れないかということになりそうなものですが、その事件は、始まって数秒で解決の兆しを見せます。

ただし、詩の売れ方が、内容を読みもしないで「ここにある詩を読まずに全部買う」というものであることによって、「詩で人の心を動かせる」という価値観が危うくなります。若者は女性に反発します。

「斉藤の家来」には事件らしい事件はありませんが、斉藤の同僚であるサラリーマンは「家来という不平等な人間関係は不自然である」「人間は平等だ」という価値観を持ち、一方家来を自称する男はそのような価値観の正反対の行動を徹底します。

これらの価値観がいかにぶつかりあっているでしょうか。

<次のページ:注目すべきは「ツッコミが負けている状況である」こと>

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お笑いと音楽と漫画と昔話と映画と妖怪が好き。 目と耳が悪い。遠くの人や小声の人が苦手。