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2005年に公開された「ある子供」は、「ロゼッタ」で映画界の確固たる地位を築いたベルギーのダルデンヌ兄弟が監督を務め、カンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを受賞した、世界が認める名作です。
しかし、見る人によっては物足りなさを覚えるかもしれません。だって主人公のブリュノは、無学な若者で、住まいは路上、仕事は盗み、という徹底したダメ人間なんです。しかも恋人ソニアが子どもを出産している間に、ソニアのアパートを無断で他人にかしてしまったり、生まれた子どもを売りとばしてしまったりと、その生活はもうめちゃくちゃ。そう、一言で言ってしまえば彼はどうしようもない「クズ」。とてもじゃないけれど、共感できない人物ですよね。

タイトルどおり、「ある子供」とはブリュノのことであり、大人になりきれない若者の姿を指しています。でも、この映画、その視点に固定されたまま見るのは、非常にもったいない
実は「ある子供」というタイトルには、ずっしりと重い人間の業が含まれているのです。ではその理由を、これから解説していきましょう。

主人公ブリュノは犯罪者ですが、カメラが拾い上げるのは、泥や川の水で遊ぶ無邪気な姿。こうした「遊び」は映画の随所に意図的に盛り込まれており、冒頭ではソニアも遊びに加わっています。
遊びが象徴するものは、童心や無邪気、そして未発達ということでしょう。出産後もブリュノと同じく無計画な生活に何ら疑問を持たなかったソニア。しかし、子供を売られたと知ったとたん直情的な怒りを見せ、遊びから離脱し、その瞬間から母になる姿が描かれます。
一方、ブリュノはソニアの気持ちを理解できず、戸惑うばかり。行き当たりばったりで脈絡のない行動と、目先の出来事しか考えないブリュノ。それは若者の軽薄さや、短絡的思考というのとはまた異なるものです。

深刻な状況の中にいても突如ブリュノが「遊び」を始めるのは、彼の背負っている欠落を表すためだと考えられます。
人は、愛されたという経験を基盤に成長していくものです。しかし彼からはその下地となるもの、愛の経験がまったく見えてきません。冒頭にはそれを表すとても印象的なシーンがあります。ソニアに触れ、生まれたばかりの我が子に触れながら、その感触は表層に留まっており、ブリュノの心が何にも反応していないことが映像から読み取れます。

道徳や倫理、善悪の判断などは本来、情緒の発達ともに獲得していくものですが、実母から捨てられ、愛を知る機会を得ることができなかったブリュノは、悪気もなく簡単に犯罪に手を染め、我が子さえも無感情に手離してしまいます。

自分や他者の気持ちに気づくことができないというのは、これ以上のない孤独であるはず
彼は望んで子供のままでいるのでもなく、大人になることを拒絶しているのでもありません。そのどちらも「選ぶことすらできない」という断絶を背負い、それゆえに彼は、社会的な孤独――魂の孤独を強いられることになるのです。

ソニアに拒絶されたところから、ブリュノの「罰」は始まります。
窮地に追われ苦しい息を吐くブリュノ。追い詰められ、責め立てられ、ついには刑を受けることになってしまいます。
困憊し、孤独にさらされているブリュノの姿から見えるものは、愚かで、情けなく、失敗ばかりで、誇れるものは何もないという罪人の表情。世間からは自業自得と嘲笑されて当然かもしれませんが、しかしブリュノの苦しみの重さに寄り沿えば寄り添うほど、この罪は本当に彼だけのものだろうかという疑問がわいてきます。

そんな彼に救いの光をもたらしたのは、やはり同じ孤独の魂を持つソニアでした。
ブリュノのもとに面会にやってきたソニアの顔には、迷いや怒り、悲しさや愛しさがせめぎ合っていましたが、それら葛藤をそばに置きながらもソニアはブリュノに赦しを与えます

実はこの映画は、ドストエフスキーの「罪と罰」を下敷きにしているのではないか……。
小説「罪と罰」では、貧困にあえぐ若者ラスコーリニコフが殺人を犯すというお話です。そこには罪が発生する理由と、罪に苦しむ人間の姿、そして救いまでが描かれています。
「罪と罰」のヒロインはソーニャ。そして「ある子供」のヒロインはソニア。どちらも罪を犯した若者にそっと寄り沿う女性として描かれています。これは決して偶然の一致ではなく、監督の狙いだと思うのです。

hana

人が生きることに意味を見出すのは、罰を与えられたときや矯正を受けたときではなく、愛を与えられたとき愛が何かを知ったときなのではないでしょうか。
ラストは言葉もなく手をしっかり握り合うふたりの姿で終わっています。
この後ふたりが寄り添い続けるかどうかは……分かりません。けれど、ふたりが掴んだ光はこの先もきっと消えることなく、彼らの人生を照らし続けると思うのです。

image by Bitters End配給作品『ある子供』公式サイト , 写真AC

 

トップ画像出典http://www.photo-ac.com/main/detail/185295
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内野チエ
ライター。 Webコンテンツ制作会社を経て、フリーに。教育、子育て、ライフスタイル、ビジネス、旅行など、ジャンルを問わず執筆中。高校の3年間で1000本以上の映画を鑑賞、ときには原作と比較しながら楽しむ無類の映画好き。