2007年に公開されたスペインの「永遠のこどもたち」は、あの「パンズ・ラビリンス」を手掛けたギレルモ・デル・トロがプロデュースした作品で、ホラーのムードが漂う独特の世界観が絶賛されました。カンヌやトロント、アカデミー賞など、世界の映画祭で上映され、ゴヤ賞で脚本賞を受賞。
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ホラーやファンタジーとして分類されることが多い「永遠のこどもたち」ですが、しかしこの作品の本当の魅力は、シリアスな心理劇であるという点です。
テーマはずばり、孤児。原題「EL ORFANATO」が「孤児院」を意味するとおりです。

孤児院の出身のラウラは難病のシモンを養子に迎えて、空き家となっているかつての孤児院を再生するべく、夫とともに移り住みます。
しかし屋敷には不穏な影がまとわりつき、やがて亡霊に誘われるようにシモンが失踪。ラウラは必死でシモンの行方を探しながら、自分の過去と向き合っていきます。そして過去を紐とくように屋敷の敷地から、5人のこどもの骨が出てきて……。それはかつて一緒に孤児院で暮らした、ラウラの友人たちでした。

ラウラは一見、自らの出自により慈善事業に関心が高い女性として目に映りますが、実はその行動の裏には、本人でさえも気づいていない心の欲求が隠されています

なぜラウラは孤児院に戻ったのか、なぜ自ら養母になろうとするのか。その理由は、映画の中で随所に描かれる「人形遊び」が説明しています。
子供が人形を胸に抱き慈しみ愛するという行動は代償行為であり、そのとき子供は「理想の母」を演じ、人形は「母に愛されて幸せな自分」という構図を描きます。これはシモンとラウラの関係にも当て嵌められ、「シモン=ラウラの人形」と言い換えることができるはずです。
ラウラにとっては、自分の分身でもあるシモンの心を愛で満たし成長させることが、孤児だった自分の思いを成就させることにも繋がったのです。

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こうしたラウラの心のもろさが露わになる瞬間が訪れます。幼いシモン自身も孤児である苦しみを抱え、その葛藤からラウラの愛を確かめる行為に及んだとき、ラウラは自分自身の葛藤を呼び起され、思わずシモンに手をあげてしまうのです。

このシーンこそが決定的な崩壊の瞬間なのでした。これをきっかけにシモンは忽然と姿を消してしまい、ラウラが築こうとした理想の世界はあっけなく崩れ去ってしまいます。映画はシモン失踪の原因を亡霊の仕業のように見せていますが、ラウラとの関係性も重要な伏線となっているのです。

シモンの失踪により、自分のすべてを差し出しながら、母の愛を体現していくラウラ。屋敷に住みつく亡霊に翻弄されながら、ラウラは心の闇に潜っていき、隠されていたもの、あるいは自分が封印していた葛藤の核心へと近づいていきます。そして閉じ込めていた闇のドアを自らの手で開いたとき、ラウラはシモンを発見し、真実を目にします

現実や真実は、ときとしてあまりにも悲惨で苦しく、そこから目を逸らさずには平静を保つことができないということが往々にしてあります。しかし心の奥に封印したドアを開けなければいけないときも、いつかやってくるものです。ラウラはシモンの本当の母になるために、自分の葛藤を超えて、そのドアを開けなければならなかったのかもしれません。

トップ画像出典http://www.photo-ac.com/main/detail/117766
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内野チエ
ライター。 Webコンテンツ制作会社を経て、フリーに。教育、子育て、ライフスタイル、ビジネス、旅行など、ジャンルを問わず執筆中。高校の3年間で1000本以上の映画を鑑賞、ときには原作と比較しながら楽しむ無類の映画好き。